カテゴリ:東日本大震災( 17 )

 

あの日から5年

あの日から5年経つんですね。
あの日、職場で大きな揺れがあり、大津波警報が出た。
私の部署は住民に避難を呼びかける担当部署だったので、スピーカー
付きの車で浜町方面に行くように上司から命ぜられた。
同僚二人で駐車場に行ったが、スピーカー付きの車は出払っていて無かった。
すぐに戻れの指示があり、戻ったところで、大きな波が海から襲来してきた。
ついこの前のような出来事。
陸前高田市の友人、大槌町の友人、彼らと一緒に研修をし、酒を飲み将来を語
り合ったのを今でも思い出す。でも彼らはもういない。
当時市内の高校に通っていた生徒が今、同じ職場に就職し仕事をしている。
と思うと、5年の月日の長さを感じる。

震災前の1月8日、平田湾での光景。湾口防波堤も完成していた。
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震災の5日後、3月16日の釜石湾。湾口防波堤はボロボロになっていた。
季節外れの雪が降って寒かった。
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すぐに救助に来た自衛隊は頼もしかった。本当に感謝。
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明日からまたがんばろうっと。
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by endo-kazu | 2016-03-10 22:01 | 東日本大震災  

記録

今日、一冊の写真集を買いました。
「小川誠也写真集 釜石 古き良き時代」です。
小川誠也さんは父親の友人で共に写真仲間。現在は釜石写光クラブの会長を務めている方です。
私も小さい頃から父親の写真撮影に付き合っていたので、小川さんとは面識があります。
この写真集は小川さんが若かった頃から現在まで写してきた釜石の懐かしい写真が掲載されています。
この写真集が発行されると聞いた時から、絶対買おうと思っていました。
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釜石は企業城下町として栄えた町で、昭和38年には人口9万2千人程が生活していました。近代製鉄の発祥地として、また漁業も盛んだったので、鉄と魚の町と言われた時代もありました。
写真集を見てつくづく感じた事は、記録写真の大切さです。
何気ないスナップ写真が、貴重な記録となるわけです。
昭和30年代の釜石の街並は自分にとってはとても新鮮です。こんな町だったんだ〜。と見入ってしまいました。
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これらの写真を見れば、機材よりも写した写真に価値があるのかなって思ったりします。
最後の方のページに載っていた小川さんのコメントには泣けました。津波で奥さんを亡くし、息子さんも数ヶ月後に亡くなりました。現在は仮設で一人暮らしです。
でも日々明るく振る舞っている小川さん。いつまでも元気で釜石の街並を見つめていて欲しいです。
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by endo-kazu | 2013-03-09 21:35 | 東日本大震災  

奇跡の一本松

予算査定は本日の市長査定が終了しやっと一山超えました。しかし、間髪置かずに明日から当初予算の予算書づくり、そして3月補正予算の査定、復興交付金事業の査定が始まります。常にいくつかの業務が重なっているし、私が担当する9課の起案文書が大量にまわってくるので、机の周辺は書類だらけです。毎日栄養ドリンクを飲みながら悪戦苦闘しています。これらの業務が終われば春です。

先日の1月29日は震災後一回も行っていなかった気仙沼ジャスコに行ってきました。気仙沼ジャスコも津波被害を受け、しばらく営業していませんでしたが、来店者が多く、賑わいを取り戻していました。
気仙沼に行く途中に陸前高田市を通過するのですが、陸前高田市を訪れたのは震災後2回目です。震災前は陸前高田市の海と貝のミュージアムを見学したり、高田松原海岸の周辺を散歩したり、道の駅で買い物したり、ドライブついでに立ち寄っていました。
陸前高田市といえば、県内市町村職員研修会で知りあった陸前高田市の職員、大槌町の職員、そして山田町の職員達とよく集まって互いの街の話や、将来の街について、飲みながら語り合ったものでした。
しかし共に酒を飲みながら将来を語り合ってきた陸前高田市の友人2人、そして大槌町の友人1人は津波の犠牲となり天国へ旅立って往きました。みんな自分たちの街が大好きで将来はこんな街にしたいという強い意志と希望をもっている連中でした。
奇跡の一本松。枯れそうだという話を聞いていたので、枯れる前に見ておこうと思い、立ち寄りました。
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この松の姿を見て元気をもらいました。
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by endo-kazu | 2012-02-02 23:47 | 東日本大震災  

アジアシンフォニー

東日本大震災の津波の影響を受け、堤防に乗り上げていたアジアシンフォニー。
7ヶ月ぶりに海に戻るという情報をゲットしたので、今朝は朝早く起きて魚市場へ。
前夜、構図や太陽の方角を考えて、どこから撮ろうかと考えていたので、若干睡眠不足気味でした。
まずは逆光状態での巨大な船体とクレーンを写しました。補正、絞り、ISOなんかを様々試しながら撮影。そして次は市営ビルの8階廊下で撮影。そして最後は市役所から通じる山手の避難道路から撮影しました。あっと言う間に1時間が過ぎました。しかも、朝から走り回ったので汗だくになり、出勤時間が迫っていたのでカメラ一式を持ってそのまま出勤しました。

なんとか逆光を克服できたような感じがします。
カメラはEOS60D、レンズはシグマ18-250mm、PLフィルターも使いました。があまり効果はなかった。
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そして避難道路では手前の被災した住宅も入れて全景を撮影。個人的にはイメージ通りに仕上がりました。レンズは久々に使用したシグマ8-16mm。ぎゅっと絞り込んだような空間と空の色がなんともいい感じです。
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観光船はまゆりは解体されましたが、アジアシンフォニーは解体される事無く無事に海に戻ることができて良かった良かった。
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by endo-kazu | 2011-10-20 23:09 | 東日本大震災  

釜石の記録

釜石市の写真家、藤枝さんが東日本大震災の写真集を発行しました。
売り切れる前に観光物産協会で購入してきました。
藤枝さんのコメントや撮影地域の地図も載っています。被災状況の記録写真なのですが、釜石への愛着が感じられる一冊でした。
津波は街をこんな風に飲み込んでしまうんだよ、と自分の子供達にも見せてあげようと思います。

さっき仕事から帰ってきたばっかりですがもう眠い(もうこんな時間)。明日起きれないと困るのでもう寝ます。おやすみなさい。
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by endo-kazu | 2011-08-18 23:52 | 東日本大震災  

市民結婚式

今日は市民結婚式でした。
ゴールデンウィーク頃にこの支援の話があって以来、私が担当となり準備を進めてきました。
今日はこれまでの様々な想いが詰まった集大成の日です。
結婚式は、全国に散らばっている釜石市出身の方々、そして共感を受けご支援していた方々の思いがこめられた、とても感動的な結婚式でした。
この式の準備は、決して平坦ではなかったので、桂会長、釜石市長、そしてカップルの想いを聞いたとたんに涙が出そうになりました。そして今回の震災の悲惨さを改めて思い知らされました。
今日式を挙げられたカップルには、今後も夫婦仲良く一歩一歩、震災の影響に負けないように歩んでいってほしいと思いました。
今までに経験した事の無い、とてもすばらしい結婚式でした。
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by endo-kazu | 2011-07-03 22:59 | 東日本大震災  

鉄の歴史館

震災以降、鉄の歴史館は再開していません。しかし、ここ数週間、私は鉄の歴史館に通っています。
なぜでしょう?
理由は、7月3日(日)に全日本ブライダル協会が行う合同結婚式(10組)があり、担当になってしまった私は、会場準備のため頻繁に通っているんです。
市内のホテルは、復興業者等が長期で宿泊していたり、被災したりしているため、市内で式を挙げたくても挙げれないカップルがかなり居るのです。
全日本ブライダル協会は、被災のため式を挙げれないカップルに結婚式をプレゼントします。
地元の企業、地元の小学生、若い女性のアイドルKさん等も10組のカップルを祝福します。
シビル結婚式といって市民がみんなで祝う結婚式ですので、当日時間のある方々はぜひ見に来てください!
なお、明日は演歌会の大御所Kさんも鉄の歴史館で歌を披露します!
写真は6月24日、駐車場から鉄の歴史館に降りる階段です。ツツジがきれいに咲いていました。
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by endo-kazu | 2011-06-29 20:26 | 東日本大震災  

復興 釜石新聞 創刊!

震災の被害を受けた地元新聞社の岩手東海新聞社。
継続して紙面を出せる状況ではなかったため、従業員は解雇されました。
しかし、その方達が中心となり、このたび、釜石新聞社を立ち上げ創刊に至りました。
震災時の記憶、釜石を応援してくれる人のコメント、復興へ向けがんばっている企業の紹介、私が尊敬する写真家 藤枝宏さんの写真など、創刊号は本当に泣けました。泣ける内容でした。
毎週水曜日と土曜日の2回発行で、市内の全世帯にお届けします。
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by endo-kazu | 2011-06-11 20:39 | 東日本大震災  

3ヶ月

あの悲惨な出来事から3ヶ月が経ちました。
今まで経験した事の無い巨大な地震。多くの尊い命を一瞬で奪い、多くの構造物を破壊し、助かった人間の気力さえ奪い去ったあの出来事。今でも悪夢の中に居るんじゃないか、目を覚ませば昔の生活に戻るんじゃないか、、、とふと思ったりします。
でも、あの時のまま止まっていては駄目だ、とみんな一歩一歩前に進み始めています。
今日、菅総理が釜石市を訪問し、午後2時46分、釜石魚市場で黙祷をささげました。
災害でお亡くなりになられた方々に対し、ご冥福をお祈り申し上げます。
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by endo-kazu | 2011-06-11 20:16 | 東日本大震災  

復活

震災後、利用がストップしていた公共埠頭。
仕事が終わり帰宅する途中、今までは真っ暗だった公共埠頭ですが、最近は荷積みするクレーンと大型船の明かりが毎日ついています。
聞くところによると、公共埠頭には毎日船が順番に入り、荷積みが行われているようです。
この日、仕事後に公共埠頭に寄って見ると、緑色のジブクレーンが船に荷物を積み込んでいるところでした。線材を積んだトラックも次から次に集まってきていました。
ストップしていた港湾機能、復活の兆しが見えてきました。
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by endo-kazu | 2011-06-09 06:47 | 東日本大震災